大垣城

外観復元天守 8城

外観復元天守

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平成29年(2017年)には続日本100名城に選定されました
城郭構造 連郭輪郭複合式平城。城跡は大垣市の史跡に指定されています。
始まり (1535年)、宮川安定が、水門川の流れを外堀に利用して築城。

宮川安定によって大垣市内を流れる水門川の流れを外堀に利用して築城されたと伝えられています。
慶長5年(1600年)の関ヶ原の戦いでは、西軍を率いた石田三成の本拠地となっていました。

徳川家康は譜代大名として石川康通 を 城主にし、明治に至るまで大垣藩戸田氏の居城となっていました。
城郭構造は連郭輪郭複合式平城。城跡は大垣市の史跡に指定されています。

天守は昭和20年(1945年)の大垣空襲で焼失、現在の天守は四層四階、昭和34年(1959年)に鉄筋コンクリート造りで再建されました。2010年)に外観復元